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日光東照宮のうんちく完全版!三猿や逆柱の謎とパワースポット

日光東照宮のうんちく完全版!三猿や逆柱の謎とパワースポット

こんにちは。社結び、運営者の友護です。

世界遺産であり、日本を代表するパワースポットでもある日光東照宮。せっかく訪れるなら、ただ「豪華だなあ」と眺めるだけでなく、その裏に隠された深い意味や物語を知りたいと思いませんか。

日光東照宮のうんちくや不思議な意味、徳川家康や明智光秀にまつわる伝説、最強のパワースポットの場所まで、知っておくと観光が何倍も楽しくなる情報をご紹介します。

この記事のポイント

  • 日光東照宮の建築や彫刻に込められた深い意味と隠された仕掛け
  • 三猿や眠り猫など有名スポットの意外なストーリー
  • 徳川埋蔵金や明智光秀説など歴史ミステリーの真相
  • 運気を最大限に受け取るためのパワースポットの正確な位置

知れば面白い日光東照宮のうんちく【建築・動物編】

知れば面白い日光東照宮のうんちく【建築・動物編】

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日光東照宮と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿や、国宝の眠り猫、そして豪華絢爛な陽明門でしょう。

しかし、それらの建築や彫刻がなぜその場所にあり、どのような意味が込められているのかまで深く知る人は多くありません。実は、陽明門の柱が一本だけ逆さまになっている理由や、三猿が全部で8枚の物語になっていることなど、ガイドブックには載っていない深いうんちくが存在します。

前半では、日光東照宮の建築美の裏側に隠された、徳川家の政治的意図や平和への祈り、そして動物たちの彫刻に込められた人生の教訓について解説します。

ただ見るだけでは気づかない細部のこだわりを知ることで、きらびやかな装飾の一つひとつが、あなたに語りかけてくるような新しい発見があるはずです。まずは、有名な建築と動物たちに秘められた意外なトリビアから見ていきましょう。

魔除けのために作られた陽明門の逆柱

日光東照宮のうんちくとは?魔除けのために作られた陽明門の逆柱

日光東照宮の最大の見どころであり、その美しさから日暮門(ひぐらしもん)とも称される陽明門。500体以上の極彩色の彫刻が施されたこの豪華絢爛な門には、実は12本ある白い柱のうちの1本だけ、模様が逆さまになっているという、驚くべき秘密が隠されています。

一見すると「当時の職人がうっかり間違えてしまったのかな?」と思ってしまいますが、そうではありません。これは魔除けの逆柱(さかさばしら)と呼ばれる、あえて施された高度な計算に基づく仕掛けなのです。

「満つれば欠ける」の思想とグリ紋

この柱に描かれているのは「グリ紋」と呼ばれる渦巻き状の幾何学模様です。他の11本の柱は模様が一定の向きで揃っていますが、門をくぐろうとして左側(北西の位置)にある1本だけ、このグリ紋の向きが完全に逆転しています。

なぜ、このようなことをしたのか。そこには、鎌倉時代の『徒然草』などにも通じる、日本古来の「満つれば欠ける」という思想が深く関係しています。

ポイント

「物事は完成した瞬間から崩壊が始まる」

満月がいずれ欠けていくように、すべての物事は頂点(完成)に達した直後から、衰退や崩壊へと向かってしまいます。そこで、あえて一箇所だけ「間違い(不完全な部分)」を作ることで、建物を永遠に「未完成」の状態に留め置こうとしたのです。

つまり、徳川幕府はこの陽明門をあえて未完成にすることで、建物が崩壊することや、徳川の栄華が終わることを防ごうとしたわけです。

物理的な建築技術の粋を集めた陽明門ですが、その最後の最後には、呪術的な思想によって「永遠」を願った家康公や家光公の執念のようなものを感じずにはいられません。現地を訪れた際は、ぜひこの「逆柱」を探して、その模様をじっくりと観察してみてください。

実は8枚ある三猿のストーリーと教訓

日光東照宮のうんちくとは?実は8枚ある三猿のストーリーと教訓

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神厩舎(しんきゅうしゃ)の長押(なげし)に彫られている「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿。日光東照宮といえばこれ!というくらい有名ですが、実はこれ、全8枚ある彫刻の物語のうちの、たった1場面(2枚目)に過ぎないことをご存じでしょうか。

この8枚の彫刻は、左から右へと時間が流れるように配置されており、猿の一生を通して「人の生き方」や「処世術」を説く、壮大なストーリー仕立てになっているのです。

観光客の多くは、有名な三猿(2枚目)だけ写真を撮って満足して通り過ぎてしまいますが、それではあまりにももったいない!ぜひ1枚目から順に見て、家康公が伝えたかった「人生の物語」を追ってみてください。きっと、今のご自身の状況と重なる場面が見つかるはずです。

猿の一生で見る、全8枚の物語

テーマ 描かれている内容と教訓
1 誕生と未来 母猿が手をかざして遠くを見ています。足元の子供ではなく未来を見つめる姿から、子供の将来の幸せを願う親心を表現しています。
2 幼少期の教育 【三猿】子供のうちは、世の中の悪いことを見たり、言ったり、聞いたりせず、素直に育ちなさいという「純粋培養」の教えです。
3 自立 親元を離れて独り立ちする猿。座ったまま、まだ少し心細そうな表情をしています。自立の不安と孤独を描いています。
4 大志(青年期) 口を真一文字に結び、天を仰ぐ姿。「青雲の志」を抱き、自分の未来への希望に燃えている時期です。
5 挫折と友情 人生の厳しさに直面し、崖っぷちでうなだれる猿。その背中に友人が手を置き、励ましています。失敗した時に支えてくれる友の大切さを説いています。
6 恋愛・煩悶 膝を抱えて物思いにふける猿。恋に悩み、将来の伴侶を求めている時期を描いています。人生の岐路に立つ姿でもあります。
7 結婚 二匹の猿が並んで座っています。足元には「青い波」が渦巻いており、夫婦で協力して「人生の荒波」を乗り越える決意を表しています。
8 妊娠 お腹の大きい猿が描かれています。新しい命を宿し、また1枚目の「母猿」へと物語が循環(ループ)します。

いかがでしょうか。単なる可愛い動物の彫刻ではなく、私たちが経験する喜びや苦悩がリアルに描かれていますよね。

メモ

特に私が深いなと感じるのは、7枚目の「結婚」の場面です。

ただ幸せそうに寄り添うだけでなく、足元に「荒波」が描かれているのがポイント。結婚はゴールではなくスタートであり、これから訪れる困難(荒波)を二人で手を取り合って乗り越えていきなさい、という家康公からの厳しくも温かいメッセージが込められているように感じます。

そして8枚目の妊娠から、また1枚目の母猿へと戻る構成は、命のつながりと平和な世の中が永劫に続くことへの祈りそのものです。現地へ行かれる際は、ぜひご自身の人生と重ね合わせながら、8枚のドラマをじっくり鑑賞してみてください。

眠り猫の裏側にいる雀と平和への願い

奥社(家康公の墓所)への入り口を守る国宝「眠り猫」。日の光を浴びてうたた寝している愛らしい姿はあまりにも有名ですが、この彫刻の真の意味を知るには、その「裏側」を見る必要があります。

眠り猫の彫刻の真裏(回廊をくぐった背中側)には、竹林で楽しげに遊ぶ2羽の「雀(すずめ)」が彫られています。

本来、自然界において猫にとって雀は獲物です。猫が起きていれば、雀は安心して遊ぶことなどできません。つまり、「天敵である猫が眠っているからこそ、雀が安心して遊べる」という、「共存共栄」と「平和」を表現しているのです。

戦国の世を終わらせた家康公の霊廟だからこそ、「強者が弱者を虐げない、争いのない世界」を願って彫られたのかもしれません。牡丹の花(富貴)に囲まれ、安心して眠る猫の姿は、まさに平和の象徴と言えます。

もうひとつの説:家康を守るための「寝たふり」

一方で、平和の象徴とは正反対の解釈も存在します。それが「寝たふり説」です。

メモ

眠り猫を正面からではなく斜め下から見ると、前足をしっかりと踏ん張り、耳を立てているようにも見えます。これは、家康公の墓所を守る門番として、不審者が来ればいつでも飛びかかれるよう、油断を見せつつも警戒している姿だとも言われています。

平和の象徴としての穏やかな顔と、頼もしい守護神としての緊張感ある顔。どちらの解釈も、徳川の世が安泰であることを願う気持ちに変わりはありませんね。現地では、ぜひ雀の存在と、猫の足の踏ん張りにも注目してみてください。

狩野探幽による想像の象のおかしい点とは?

日光東照宮のうんちくとは?狩野探幽による想像の象のおかしい点とは?

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三猿のある神厩舎を過ぎてさらに奥へ進むと、上神庫(かみじんこ)という建物の妻(屋根の下の側面部分)に、巨大な2頭の象が描かれています。これが有名な想像の象です。

この下絵を描いたのは、江戸幕府の御用絵師であり、狩野派の天才と謳われた狩野探幽(かのうたんゆう)です。しかし、この象、パッと見ただけで「ん?何か変だぞ?」と違和感を覚えませんか?

それもそのはず。実は当時(江戸時代初期)、日本にはまだ本物の象が渡来しておらず、探幽自身も実物を見たことがありませんでした。彼は中国の書物や、人づてに聞いた「耳が大きくて鼻が長い」といった特徴だけを頼りに、頭の中の想像力だけでこの象を描き上げたのです。

その結果、生物学的にはあり得ない、ユニークな特徴を持った「幻の象」が誕生しました。現地で思わずツッコミを入れたくなる「間違いポイント」を詳しく解説します。

天才が想像で補完した「ここがおかしい!」ポイント

注目部位 実際の象との違い・ユニークな点
耳の形と金具 実際の象の耳は大きく平たいですが、この象の耳はやや小さく、なぜか裏側に「金具(蝶番のようなもの)」が付いているように描かれています。
ふさふさの尻尾 象の尻尾は細くて先端に毛がある程度ですが、この象には狐や牛のように、根元から太くてふさふさした長い毛が生えています。
足の関節 これが最大の間違いです。象の後ろ足の膝は人間と同じく「前方」に曲がりますが、この象は他の四足動物(犬や馬)と同じように、「後方(くの字)」に曲がっています。
鋭い爪 草食動物特有の平たい蹄(ひづめ)ではなく、まるで虎や獅子のような鋭い「鉤爪(かぎづめ)」が生えています。
全身の体毛 つるりとした皮膚ではなく、全身がふさふさとした体毛で覆われています。マンモスと混同したのか、聖獣としての神々しさを表現したのかは謎です。

メモ

特に「耳の金具」については、「耳がパタパタ動く=蝶番が付いているはずだ」と解釈したのではないか、という説もあり、当時の人々の思考プロセスが垣間見えて非常に興味深いです。

こうして細部を見ると「間違いだらけ」にも思えますが、インターネットもない時代に、未知の巨大生物をこれだけの迫力と生命力で描き切った探幽の想像力には、ただただ圧倒されます。

正解を知っている現代の私たちだからこそ楽しめる間違い探し。ぜひ現地で上神庫を見上げ、天才が脳内で作り上げたモンスターの姿を確認してみてください。

北極星と陽明門が示す宇宙のエネルギー

日光東照宮の配置には、単なる神社の枠を超えた、壮大な宇宙のパワーと緻密な計算が取り入れられています。その鍵を握るのが、夜空の中心で動かない星「北極星」です。

実は、日光東照宮の主要な建物(本殿・陽明門・鳥居)は、北極星に向かって一直線に並ぶように設計されています。

夜になると、陽明門の屋根の真上に北極星が輝くという、計算し尽くされた神秘的な光景が現れるのです。これには、家康公の並々ならぬ「ある願い」が込められています。

自分自身が宇宙の中心になる仕掛け

陰陽道や道教において、北極星は「天帝(太一)」、つまり宇宙の中心にあって動くことのない最高神の象徴とされています。他の星々が時間をかけて動いていく中で、北極星だけは不動の座標として君臨しているからです。

家康公は死後、「東照大権現」という神になりました。彼は、不動の北極星と一体化することで、「宇宙の中心から、永劫に日本全土と徳川の世を見守り続ける」という、絶対的な神としてのポジションを確立しようとしたのです。

江戸を守る鉄壁の風水「レイライン」

さらに驚くべきは、地図上で見た時の位置関係です。日光東照宮は、当時の徳川幕府の本拠地である「江戸(東京)」のほぼ真北に位置しています(およそ北緯36度線)。

【四神相応(ししんそうおう)の守り】

風水では、都市の繁栄のために北側に「玄武(げんぶ)」という高い山がある地形が良いとされます。

  • 日光(山・玄武)が北から睨みを利かせる
  • 江戸(都市)がその守護を受ける

つまり、日光東照宮そのものが、江戸城(現在の皇居)を霊的にガードする、最強の「結界」の役割を果たしているのです。

また、一説には「不死の山」である富士山や、家康公の生誕地である愛知県の岡崎、あるいは最初に葬られた静岡県の久能山東照宮を結んだレイライン(聖なるライン)の延長線上に日光があるとも言われています。

大地のエネルギー(龍脈)を日光に集め、それを北極星のパワーと融合させて江戸へ送る...。日光東照宮が単なる観光地ではなく、日本屈指のパワースポットと呼ばれる最大の理由は、この国家レベルで設計された壮大な風水都市計画にあるのです。

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深い歴史に触れる日光東照宮のうんちく【謎解き編】

深い歴史に触れる日光東照宮のうんちく【謎解き編】

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日光東照宮の魅力は、美しい建築だけにとどまりません。

ここには、歴史の闇に葬られたミステリーや、古くから囁かれる都市伝説が数多く眠っています。「徳川埋蔵金の在り処を示す暗号が隠されている」「設計者の天海僧正は、実は明智光秀だったのではないか」といった歴史ロマンあふれる噂は、多くの歴史ファンの知的好奇心を刺激してやみません。

また、江戸城と北極星を結ぶレイライン上に位置するこの場所は、日本屈指のパワースポットとしても知られています。

後半では、そんな日光東照宮の裏の顔に迫ります。七不思議の科学的な種明かしから、運気を最大限に取り込むための正確な立ち位置まで、一歩踏み込んだ大人のための歴史ミステリーを紐解いていきましょう。知れば知るほど謎が深まる、日光東照宮の奥深い世界へご案内します。

徳川埋蔵金とカゴメカゴメの都市伝説

夕暮れ時に子供たちが遊ぶ童謡として、日本人なら誰もが知っている「かごめかごめ」。どこか寂しげなメロディのこの歌には、実は徳川埋蔵金の隠し場所を示す暗号が含まれているという有名な都市伝説をご存じでしょうか。

単なるこじつけのようにも思えますが、歌詞を一つひとつ解読していくと、驚くほど「日光東照宮」の特徴と合致する点が多いのです。ここでは、歴史ミステリーファンの間で語り継がれる、歌詞に隠された意味を紐解いてみましょう。

歌詞と境内のシンクロニシティ

「かごめかごめ」の歌詞に出てくるフレーズは、日光東照宮の境内にある特定の建造物や配置を指していると言われています。

歌詞のフレーズ 日光東照宮における解釈
籠(かご)の中の鳥 「籠」は竹冠に龍と書くことから、龍に守られた場所、あるいは「鳥居(とりい)」に囲まれた聖域を指します。その中にいる鳥=神の使い、つまり徳川家康公自身を指しているという説です。
鶴と亀が滑った 陽明門の手前や拝殿には、実際に「鶴」と「亀」の像が対になって置かれています。「滑った」は「統べった(天下を統一した)」の掛詞であり、徳川の天下を表しています。
夜明けの晩 夜明けなのか晩なのか矛盾する表現ですが、これは「日光」という地名そのもの(日が光る)や、陰陽道における特定の時間の狭間を指していると言われています。

「後ろの正面」に隠された真実とは

そして、この歌の最大の謎であり、埋蔵金の在り処とされるのが最後のフレーズ「後ろの正面だあれ」です。

これを日光東照宮に当てはめると、ある特定の場所が浮かび上がります。それは、家康公が眠る「奥社宝塔(お墓)」です。

注意ポイント

通常、神社にお参りする際、私たちは正面から拝みます。しかし、神様(家康公)から見た「後ろの正面」、つまりお墓の真後ろには何があるのでしょうか?

実は、奥社宝塔の真後ろには、あまり人が立ち寄らない小さな祠(ほこら)が存在します。都市伝説では、この祠の下、あるいはその周辺の地中に、徳川幕府が万が一転覆した際に再起を図るための莫大な軍資金(埋蔵金)が眠っているのではないか...と囁かれているのです。

また、作者は日光東照宮の設計者である天海僧正(=明智光秀説)であるとも言われており、彼が後世に託したメッセージだと考えると、ただの童謡が壮大な歴史スペクタクルに変わります。

もちろんこれらは伝説の域を出ませんが、現地で「鶴と亀」の像を見つけた時や、奥社まで階段を登りきった時には、ぜひ「ここが後ろの正面か...」と思いを馳せてみてください。

明智光秀と天海を結ぶ桔梗紋の謎とは?

明智光秀と天海を結ぶ桔梗紋の謎とは?

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日光東照宮の設計に深く関わったとされる高僧、天海僧正。彼には「実は本能寺の変で死んだはずの明智光秀が生き延びて、天海と名乗ったのではないか」という驚くべき説があります。

その証拠の一つとされるものが、陽明門にあります。

陽明門を守る随身像(侍の像)の袴(はかま)をよく見てみてください。そこに描かれている紋が、明智光秀の家紋である「桔梗紋(ききょうもん)」にそっくりなのです。

徳川家の聖地を守る重要な像に、なぜ謀反人である光秀の紋があるのか。本来であれば、家康公を祀る場所に光秀の痕跡があることなどあり得ません。これは天海が、密かに自分の正体やルーツを後世に残すために施したサインではないかと言われています。

さらに日光には「明智平」という地名もあり、これも天海が名付けたと言われています。歴史の真実は闇の中ですが、こうしたミステリーも日光東照宮の魅力の一つです。

鳴き龍や照降石など七不思議の正体は?

日光東照宮には、古くから伝わる「七不思議」があります。その中でも特に有名なものをいくつかご紹介しましょう。これらは実際に体験したり見たりすることができるので、探してみてください。

鳴き龍(なきりゅう)

薬師堂(本地堂)の天井に描かれた巨大な龍の絵です。龍の顔の真下で拍子木を打つと、床と天井で音が共鳴(フラッターエコー)し、鈴を転がしたような「キィーン」という音が長く響きます。これが龍の鳴き声のように聞こえるのです。不思議なことに、顔から少しでも外れた場所で打っても音は響きません。

この不思議な現象については、音響機器メーカーなども科学的な調査を行っています。(出典:小野測器『鳴き竜の不思議』

照降石(てりふりいし)

石鳥居から陽明門へ続く石段の第10段目にある、斜めに色の分かれた長方形の石です。色が濃く(黒く)見えると雨が降り、薄く(白く)見えると晴れると言われ、湿度による色の変化を利用した「天然の天気予報」として親しまれています。

化け灯籠(ばけどうろう)

夜になるとゆらゆら動いたり、火が消えたりして人を驚かせたため、武士に斬りつけられたという伝説を持つ灯籠です。今でもその刀傷が残っており、怪奇現象の名残を感じさせます。

陽明門の手前にある最強パワースポットとは?

日光東照宮のうんちく|陽明門の手前にある最強パワースポットとは?

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最後に、日光東照宮の中でも最強と言われるパワースポットの正確な位置をお教えします。ここぞという時にエネルギーをチャージしたい方は必見です。

場所は、陽明門の手前、唐銅鳥居(青銅鳥居)から陽明門へと続く参道の石畳の上にあります。なんとなく歩いていると通り過ぎてしまうので注意が必要です。

ポイント

石畳の列の最後尾から数えて3枚目

※行の区切り方には諸説ありますが、その場に立って後ろを振り返り、手前の鳥居の中に奥の陽明門が絵画のようにすっぽりと収まって見える位置が正解の目印です。

この場所に立つと、手前の鳥居の枠の中に、奥の陽明門がきれいに収まり、さらにその真上には北極星が輝く(夜であれば)という配置になります。

ここは江戸(東京)から送られるエネルギーと、日光の山々からのエネルギーが合流し、増幅されて天へと昇っていくポイントだと言われています。「北辰の道の起点」とも呼ばれるこの場所で、家康公と宇宙のパワーを一身に浴びてみてはいかがでしょうか。

日光東照宮のうんちくについての総括

ここまで、日光東照宮に秘められた数々のうんちくやミステリーをご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

単に豪華絢爛な世界遺産というだけでなく、その細部には徳川家康公が願った恒久平和への祈りや、江戸幕府を霊的に守ろうとした壮大な仕掛けが隠されていることに驚かされます。

陽明門の逆柱にあえて残された未完成の美学や、三猿が教えてくれる人生の教訓、そして眠り猫の裏側に描かれた雀の姿。これらはすべて、ガイドブックを眺めるだけでは決して気づけない、深いメッセージを持っています。知れば知るほど、ただの観光が歴史の謎解きツアーへと変わり、目の前の景色がまったく違って見えてくるはずです。

ぜひ実際に現地へ足を運び、今回ご紹介したポイントをご自身の目で確かめてみてください。石畳のパワースポットで深呼吸をし、家康公が見つめる北極星の彼方に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。この記事が、あなたの日光への旅をより味わい深いものにする一助となれば幸いです。

※本記事の情報は一般的な伝承や説に基づいています。正確な歴史的事実や最新の観光情報は、公式サイト等をご確認ください。

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